歯ぎしり・喰いしばり(ブラキシズム)には、漢方薬や針灸治療が効果を発揮します。
「ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)症候群」とは
1.「ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)」とは?
近年、ストレスが身体に与える影響について数多くの研究が行われ、ストレスと様々な疾病との関連性が指摘されています。
歯科領域におけるストレス性の発病因子の一つに、ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)があります。ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)とは、精神的ストレスによる大脳皮質や辺縁系および自律神経系の異常興奮が原因で生じると考えられている顎口腔系の機能異常であり、主に睡眠時に起こるグラインデイング(いわゆる歯ぎしり)、昼間無意識に行うクレンチング(強い噛みしめ)、タッピング(上下の歯をカチカチと噛み合わせる)に分けられます。その出現率は研究者によって様々で、ある疫学調査によれば96%のひとに認められると報告されています。
2.「ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)」が引き起こす悪影響は?「ブラキシズム症候群」とは?
ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)に起因する疾患は多岐にわたります。
口腔内では、歯の摩耗・知覚過敏・歯根破折・修復物の脱離・歯周病などを引き起こします。さらに顎関節症や頭顔面部および頸肩腕部の疼痛を発症させる原因の一つであると考えられています。
ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)の及ぼす影響に関して、東京医科歯科大学歯学部附属病院頭頚部心療科の小野教授は、「頭頚部心身症」という病態を提唱しています。この頭頚部心身症の一つである「かみしめ呑気症候群」は、過剰なストレスから無意識に歯を食いしばるために、咬筋や側頭筋や頭頸部の筋肉に過緊張が生じて頭部や頚部に悪影響を及ぼし、またかみしめと同時に空気をのみ込むために食道・胃・大腸に空気がたまり、消化器系の症状となって表れるものです。主な症状は、肩や首の痛みと凝り・頭痛・側頭部や顎関節や顔面の疼痛・胃の不快感や脹満感・咽頭や食道の異常やゲップ・目の奥の痛み・ふらつき感や耳鳴りなどで、さらに、これらの症状が新たなストレスとなって悪循環を形成し、症状を悪化させていきます。
3.「ブラキシズム症候群(歯ぎしり・喰いしばり)」の治療
以上のように、ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)は身体に様々な症状(以後ブラキシズムによる症状をまとめてブラキシズム症候群とよびます)を引き起こすために診断が難しく、患者は整形外科・神経内科・歯科・口腔外科・耳鼻咽喉科・消化器内科など様々な科を受診することになります。
患者の訴える諸症状がブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)に起因すると診断された場合、歯科での咬合調整やマウスガード(健康保険が適用されます)などの歯科治療が不可欠となります。
さらに、東洋医学的な立場から診断を行い、歯科治療に漢方薬や鍼灸治療を併用することで、ブラキシズム(歯ぎしり・喰いしばり)の原因であるストレスを解消し、全身に波及した様々な症状を改善することができます。
平成18年9月から、熱敷治療(生薬温熱パック)を始めました。この治療は、約10種類の生薬を配合したパックを蒸して患部に当てるもので、生薬の有効成分を皮膚から直接顎関節や咀嚼筋にとどかせることができます。舒筋活血効果が大変優れており、また自宅でもできるため、北京の口腔科外来でもよく使用されています。
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4.症例
症例1
患者:34歳 女性 身長165cm 体重52kg
初診日:平成14年10月
主訴:両臼歯部の知覚過敏、咬合痛、側頭部・顔面部・後頚部の圧痛。
現病歴:知覚過敏と咬合痛で来院する。冷水痛、咬合痛、両側頭部や顔面部、後頚部に圧痛がある。
全身症状:眩暈、耳鳴り、易怒、イライラ、足の痙攣、眼精疲労、目の乾き、夢が多い、口内炎ができやすい、食欲不振、消化不良、足の浮腫。
舌脈所見:舌質紅、苔白、脈細弦
処方:加味逍遥散7.5g×7日分
二診:症状は著明に軽減する。
処方は同じ
三診:症状は無いが、服用を希望するため再度処方する。
症例2
患者:27歳 女性 身長155cm 体重46kg
初診日:平成16年1月
主訴:上顎左側臼歯部の咬合痛、左側頬部の鈍痛。
現病歴:1週間前から咀嚼時に左側上顎臼歯部に痛みを感じ始め、次第に悪化する。打診痛は第2大臼歯が顕著。左側頬骨部に鈍痛、咬筋・側頭筋に圧痛があり拒按。去年の11月にも同様の症状が起きて耳鼻咽喉科を受診したが、異常は認められなかった。
全身症状:最近会社の部署の異動がありストレス感が強い、イライラ、夢が多
い、眼精疲労、喉の乾燥、のぼせ、足の冷え、疲労感、胸脇部の脹痛、
胃に軽度の膨満感、生理は不規則、月経前に胸が張り腰と腹部に重痛が
ある、月経量は普通、血塊が混じる、帯下は白色。
舌脈所見:舌質淡紅苔白・やや胖大で歯痕がある・左関は弦、他は弱。
処方:加味逍遙散7.5g×7日分
歯科治療としてマウスガードを製作し、睡眠時に装着するよう指示する。さらに、昼間は臼歯部を離開する下顎位を説明。
二診:咬合痛は軽減し左側頬骨部の鈍痛もさほど気にならないが、咬筋や側頭筋に圧痛が残る。
太陽・下関・頬車・風池・太衝・合谷に刺針(瀉法)。
加味逍遙散7.5g×7日分
三診:症状はすべて消失。
症例3
患者:66歳 男性 身長168cm 体重72kg
初診日:平成15年5月
主訴:左顎関節部の疼痛
現病歴:1週間前から左側顎関節部に痛みがある。特に咀嚼時に強く噛み締めると刺すような痛みが走る。「聴会」、「下関」、「太陽」部に圧痛があり、拒按。風呂で温めても変化はないが、タオルで冷やすと軽減する。平成14年9月にも同様な症状を訴えて来院し、低位咬合による顎関節症と診断。左側上顎臼歯部の欠損を補綴して咬合を挙上し、さらに睡眠時はマウスガードを装着することで症状は改善した。
全身症状:ストレス感、目赤、耳鳴り、イライラ、左側頸部と肩背部に脹痛、胸脇部の脹痛。
舌脈所見:舌質紅、苔やや黄膩、脈弦有力。
処方:小太郎竜胆瀉肝湯エキス7.5g×7日分
「下関」「聴会」に瀉法後置針10分、義歯の咬合面リベース。
二診:疼痛は軽減、精神的にも安定する。本人の希望で再度7日分投薬。
三診:症状は消失する。
症例4
患者:62歳 女性 身長148cm 体重43kg
初診日:平成12年9月
主訴:歯ぎしりによる顎と歯の痛み
現病歴:母親の看病で疲労がたまり、半年前から夜眠れない。夜中に目が覚め
た時、歯を喰いしばっていることに気が付く。1ヶ月前より、特に右側の歯が浮き、咀嚼時に痛みを感じるようになった。右側頭部に脹痛があり拒按。増悪因子は不明。
既往歴:高血圧・高脂血証・不眠・慢性胃炎
全身症状:アムロジン・リラナックス・リピトールを服用中。
イライラ、のぼせ、疲労倦怠感、汗をでやすい、不眠、動悸、喉の乾き(喜温飲)、足のつりと冷え、食欲低下、食後に腹が張る、便秘。
舌脈所見:舌質淡・歯痕・苔白膩・脈沈細
処方:加味帰脾湯7.5g×14日分
二診:汗は減少、足の冷えはない、食欲やや亢進、夜中に1回目が覚めたが、歯ぎしりは自覚していない。舌質淡・苔薄。寝つきが悪い。
酸棗仁湯7.5g×14日分を加える。
三診:歯の症状は軽減。疲労感は残るが、睡眠は改善する。
処方は前回と同様
四診:諸症状は改善する。
症例5
患者:44歳 女性 身長150cm 体重43kg
初診日:平成15年12月
主訴:歯ぎしり、頸肩部のこり
現病歴:3ヶ月前から、歯ぎしりで夜目が覚めることが多くなった。特にここ数
週間ひどくなっている。仕事によるストレスが多いと歯ぎしりするよう
である。側頭部や項頸部や肩部に脹痛がある。季節や天候とは無関係、
暖めたり冷やしたりしても特に変化はない。
全身症状:顔面の緊張・足の冷え・のぼせやほてり感がある・口や咽喉の渇き
はない・胸脇部の脹痛・顔と足が浮腫む・倦怠感・食欲は正常・時に軟
便・ストレス感・イライラが多い・ため息・時に動悸を感じる・眼精疲
労・目がかすむ・生理は遅れ気味・月経前に胸の張りと生理痛があり、
月経量は普通だが血塊がある。
舌脈所見:舌質淡紅・舌尖偏紅・苔薄やや黄・脈沈滑
処方:抑肝散7.5g×7日分
二診:12月18日
歯ぎしりはいくぶん軽減したようだが、頸肩部のこりは変化しない。
柴胡桂枝湯7.5g×7日分を投与する。
三診:二日間服用した時点で、ほぼ症状は消退した。
症例6
患者:67歳 女性 身長150cm 体重50kg
初診日:平成16年2月
主訴:知覚過敏・肩凝り
現病歴:2ヶ月前から時々左側下顎臼歯部に冷水痛がある。さらに左右の側頭筋と咬筋に圧痛、側頚部・後頚部・肩部に脹痛があり、ひどい時はマッサージにかかっていた。夜中の歯ぎしりがひどい。
既往歴:高血圧・無呼吸症候群
全身症状:高血圧で降圧剤を服用中。手足の冷えと浮腫み・のぼせ・口渇や口乾はない・疲労感・胃もたれ・頻尿(夜間は2回)・胸脇部の脹痛・腰痛・ストレス感・イライラ・不眠・夢が多い・目赤・眼精疲労・時に耳鳴り・口が粘る。
舌脈所見:舌質やや紅で乾燥・苔白・脈細弦
処方:歯科治療としてマウスガードを製作。
柴胡桂枝湯7.5g×7日分処方し、風池・下関・合谷・外関・太衝を瀉法で20分置鍼する。
二診:平成16年2月9日
臼歯部の冷水痛は消失。側頭部・頸肩部の脹痛も軽減。熟睡できたため、睡眠時無呼吸症候群による昼間の眠気も軽減する。
柴胡桂枝湯に六味地黄丸7.5g×14日分を加える。鍼灸は前回と同様。
三診:平成16年2月23日
諸症状は解消する。
症例7
患者:44歳 女性 身長161cm 体重49kg
初診日:平成16年5月
主訴:歯ぎしり、左側臼歯の動揺、肩こり、手足の痺れ
現病歴:1ヶ月程前から、夜間に歯ぎしりで目が覚める。左側臼歯の動揺がひどい。半年前から左側の頸肩部の痛みと手の痺れが気になり、整形外科を受診したところ、頚椎症と診断され、症状が悪化する場合は手術をする予定である。
全身症状:疲労感・下痢しやすい・ストレス感・不眠・目の充血・時に耳鳴り・胸脇部の脹痛・左側顔面部(太陽、頷厭、下関部)・頸肩部のコリと痛み・左側の手の痺れ・足の浮腫み。
舌脈所見:舌質紅・苔白・脈弦細
処方:柴胡桂枝湯7.5g分3×7日分
二診:5月26日 頸肩部のコリと痛みが軽減するが痺れはまだ残る。
柴胡桂枝湯7.5g分3×7日分に当帰芍薬散7.5g分3×7日分
三診:6月5日 すべての症状は解消する。
5.おわりに
歯痛や歯周病の治療で来院する患者のなかで、実は頭痛・肩こり・倦怠感・胃腸障害・眩暈等の自律神経失調症状で悩んでいる者が少なくありません。さらに、これらの患者のほとんどに、はぎしりの習癖が認められることから、全身と顎口腔系のつながりの深さを感じざるをえません。これらの患者さんは、ストレス溢れる現代社会を、まさに歯を喰いしばって生きているのです。ブラキシズム(歯ぎしり・食いしばり)は、ストレスに対する「頑張り」の表れであり、随伴する症状は体の悲鳴ともいえるでしょう。
漢方薬と鍼灸治療は、
・歯ぎしりの原因であるストレスの緩和
・自律神経の調整
・筋肉の緊張や痛みの解消
に力を発揮することができます。是非お試しください。